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東京地方裁判所 昭和30年(行)105号 判決

(一)原告

1昭和三〇年(行)第一〇三号および同第一〇五号各事件原告

青木市五郎

ほか二五名

2昭和三一年(行)第九九号事件原告

鈴木清

ほか一四名

3昭和三二年(行)第一二号事件原告

青木市五郎

ほか六名

(二)被告

1昭和三〇年(行)第一〇三号、昭和三一年(行)第九九号

および昭和三二年(行)第一二号各事件被告

内閣総理大臣

佐藤栄作

2昭和三二年(行)第一〇五号事件被告

東京防衛施設局長

(旧東京調達局長事務承継者)

志賀清二

主文

1  昭和三〇年(行)第一〇五号事件原告らの被告東京防衛施設局長に対する訴えを却下する。

2  昭和三一年(行)第九九号事件原告師田常吉の被告内閣総理大臣に対する訴えを却下する。

3  昭和三〇年(行)第一〇三号事件および昭和三二年(行)第一二号事件の各原告らならびに昭和三一年(行)第九九号事件の原告師田常吉を除くその余の原告らの被告内閣総理大臣に対する各請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立て

一  昭和三〇年(行)第一〇三号事件について

(一)  原告ら

「被告内閣総理大臣が、昭和三〇年一〇月一四日別紙第三、一記載の各土地についてなした収用認定を取り消す。訴訟費用は、同被告の負担とする。」との判決を求める。

(二)  被告内閣総理大臣

1 第一次的に、

「本件訴えを却下する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求める。

2 第二次的に、

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求める。

二  昭和三〇年(行)第一〇五号事件について

(一)  原告ら

「被告東京防衛施設局長の前身東京調達局長が、昭和三〇年一〇月一八日付文書をもつて、原告らに対し、別紙第三、一記載の各土地についてなした『昭和三〇年一〇月一四日付をもつて、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基づく行政協定実施に伴う土地等の使用に関する特別措置法第五条に基づく収用の認定があつた』旨の通知処分を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める。

(二)  被告東京防衛施設局長

1 第一次的に、

「本件訴えを却下する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求める。

2 第二次的に、

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求める。

三  昭和三一年(行)第九九号事件について

(一)  原告ら

「被告内閣総理大臣が、昭和三一年九月一〇日付で別紙第三、二記載の各土地についてなした収用認定は無効であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める。

(二)  被告内閣総理大臣

1 第一次的に、

「本件訴えを却下する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求める。

2 第二次的に、

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求める。

四  昭和三二年(行)第一二号事件について

(一)  原告ら

「被告内閣総理大臣が、昭和三一年八月一四日付で別紙第三、三記載の各土地についてなした収用認定はこれを取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める。

(二)  被告内閣総理大臣

1 第一次的に、

「本件訴えを却下する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求める。

2 第二次的に、

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求める。<以下省略>

理由

第一被告らの本案前の主張に対する判断

一被告東京防衛施設局長の本案前の主張について

旧特別措置法第七条第二項に基づいてする調達局長の、土地等の所有者および関係人に対する通知は、収用しようとする土地等の所在、種類および数量をこれらの者に了知されるため、同項に基づく公告とは別に、念のためになされるものであつて、単なる観念の通知行為にすぎず、これによつて国民の権利義務に格別の効果をおよぼすものでなく、行政処分ないしはこれに準ずる性質を有するものとは解せられないから、右通知は抗告訴訟の対象とはならないものというべく、この理は新特別措置法第七条第二項によつて防衛施設局長がなすべきものとされている通知についても異なるところはない。それゆえ右通知について抗告訴訟を提起しうるものとする昭和三〇年(行)第一〇五号事件原告らの主張は失当であり、同原告らの本件訴は、その余の点を考えるまでもなく、不適法として却下をまぬがれない。

二被告内閣総理大臣の本案前の主張について

被告内閣総理大臣が別紙第三、一記載の地番(ただし一一四三の地番を除く。)の土地を含む土地を対象として昭和三〇年(行)第一〇三号事件原告ら主張のような収用の認定をしたことは当事者間に争いがなく、これにつき同原告ら主張のような告示のあつたことは成立に争いのない乙第四号証の三によりこれを認めることができる。同被告が昭和三一年九月一〇日付で別紙第三、二記載の地番の土地について同じく収用の認定をし同月一日付官報で告示したことは当事者間に争いがなく、同被告が昭和三一年八月一四日別紙第三、三記載の土地について旧特別措置法第五条に基づき使用の認定をし同月一六付日官報で告示したことは同被告の自陳するところである。さて、同法第五条による内閣総理大臣の、土地等の収用または使用の認定は、土地収用法における事業の認定と同じ性質の行政処分であつて、同法第一条に定めた具体的な目的を実現すべく調達局長(すなわち国)のために、法律の定める手続(第七条の規定による通知、告示、公告および収用委員会の裁決等)を経ることを条件として、当該収用または使用の認定の対象となつた範囲の土地等(したがつて、右の土地等は、確定的にではないにもせよ、ある一定の範囲をもつて特定されているといえる。)について、強制収用権(公用徴収権)を設定する行為であり、その結果、調達局長は、右土地等について、右条件のもとに、これを収用または使用する権限を付与せられるに至るものであると解される。もちろん右強制収用権設定の具体的な効果は、内閣総理大臣の収用認定等だけで生ずるものではなく、補償金の払渡しや供託等が行なわれることを条件として、収用委員会の裁決をまつて生ずるものではあるが、内閣総理大臣の収用認定等がなければ、収用委員会の裁決ということはありえず、したがつて強制収用権設定の効果も生じえないのであり、他方内閣総理大臣が右収用認定等をしたときは、遅滞なく、その旨を調達局長に文書で通知するとともに当該調達局長の名称および使用しまたは収用すべき土地等を官報で告示しなければならず、また、調達局長は、右の通知を受けたときは、遅滞なく、使用しまたは収用しようとする土地等の所在、種類および数量を、調達局長が定める方法で公告することとされている(旧特別措置法第七条第一項、第二項)うえ、法定の事由(旧特別措置法第八条の事由、土地収用法第四七条の却下の裁決をすべき事由等)が生じない以上は、収用委員会は収用等の裁決をしなければならないのである。このような意味において、収用認定等により、収用認定等の対象となつた土地等の所有者あるいは土地収用法第八条第三項に定める関係人は、収用認定等の対象となつていない土地等の所有者あるいは関係人に比して一種の法的拘束を受けるものというべく、このような拘束は、法律上の不利益にあたるものと解するのが相当である。そして当該収用認定等の対象となつた土地等の所有者あるいは右の関係人は右の告示によつてその旨を了知するのである。したがつて右土地等の所有者あるいは関係人は、右の収用認定等について、その取消しまたは無効確認を求める法律上の利益を有し、原告適格を有するものと解するのが相当であり、右の理は、新特別措置法のもとにおいても異なるところはないものと解される。(なお、昭和三七年法律第一六一号による改正前の土地収用法第一二九条第一項((同条項が旧特別措置法に準用されなかつたのは訴願庁がないためであつて、法的性質の相違によるものではないと考えられる。))が、都道府県知事のした事業認定に対し、利害関係人から建設大臣に訴願ができる旨を規定していたことも、このことを肯定される資料となしうるものというべきである。)しかるところ、昭和三二年(行)第一二号事件の原告らが別紙第三、三の各土地の所有者であることについては当事者間に争いがなく、また昭和三〇年(行)第一〇三号事件の原告らが別紙第三、一の土地について所有権(共有による所有権を含む。)または賃借権を有することについては、被告内閣総理大臣の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなすべく、さらに昭和三一年(行)第九九号事件の原告ら(ただし原告師田常吉を除く。)が、別紙第三、二記載の土地について別紙第四記載のとおり所有権または土地収用法第五条第一項の権利を有するものであることは同被告の自陳するところであり、右自陳するところと本件弁論の全趣旨を綜合すると、同事件の原告ら(ただし同事件原告師田常吉を除く。)は、右の土地について別紙第四記載のとおり所有者(同事件原告田中喜一郎、同石井松太郎、同藤野良平、同馬場国三郎を除く。)または前示の関係人(同事件原告田中喜一郎、同石井松太郎、同清水度三郎、同藤野良平、同馬場国三郎)であることが認められ、以上の認定を左右すべき証拠はなく、原告師田常吉については、その主張する土地についてその主張するような所有者であることはもちろん別紙第三、二記載のいずれの土地についても所有権を有しあるいは前示のような関係人であることを認めるべき証拠がない。そうすると、昭和三〇年(行)第一〇三号事件の原告らは、同原告ら主張にかかる被告内閣総理大臣の前示収用認定について、昭和三一年(行)第九九号事件の原告ら(ただし原告師田常吉を除く。)は、同原告ら主張にかかる同被告の前示収用認定について、昭和三二年(行)第一二号事件の原告らは、同原告ら主張にかかる同被告の前示使用認定について、それぞれその取消しまたは無効確認を求める原告適格を有するものというべきであるが、昭和三一年(行)第九九号事件の原告師田常吉は原告適格を有しないものというべきであつて、同原告の本件訴えは不適法として却下をまぬがれない。

第二本案に対する判断

一ないし六<省略>

七本件各収用認定および使用認定が「適正且つ合理的」であると認められるか否かについて

(一) 旧安保条約は、前文において、日本国が、その防衛のための暫定措置として、日本国に対する武力攻撃を阻止するため、日本国内およびその附近に米国がその軍隊を維持することを希望する旨を定め、その第一条は、米国の陸軍、空軍および海軍を日本国およびその附近に配備する権利を、日本国は、許与し、米国は、これを受諾する、この軍隊は、極東における国際の平和と安全の維持に寄与し、ならびに、一または二以上の外部の国による教唆または干渉によつて引き起こされた、日本国における大規模の内乱および騒じようを鎮圧するため日本国政府の明示の要請に応じて与えられる援助を含めて、外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するために使用することができる旨を規定し、さらにその第三条は、米国軍隊の日本国内およびその附近における配備を規律する条件は、日米両国政府間の行政協定で決定することとしているが、行政協定の第二条によれば、日本国は、米国に対して、旧安保条約第一条に掲げる目的の遂行に必要な施設および区域の使用を許すことに同意する、としているのであり、旧特別措置法は、その第一条に定めるとおり、右行政協定を実施するため駐留軍の用に供する土地等の使用または収用に関し規定することを目的とするものである。

(二)  また、安保条約もその第六条において、日本国の安全に寄与し、ならびに極東における国際の平和および安全の維持に寄与するため、米国は、その陸軍、空軍および海軍が日本国において施設および区域を使用することを許される、右の施設および区域の使用ならびに日本国における米軍の地位は行政協定(改正を含む。)に代わる別個の協定および合意される他の取極により規律されるとし、駐留協定第二条1(a)は、米国は、新安保条約第六条の規定に基づき、日本国内の施設および区域の使用を許される、個々の施設および区域に関する協定は、同協定第二五条に定める合同委員会を通じて両政府が締結しなければならない、と規定し、同(b)は米国が行政協定の終了の時に使用している施設および区域は両政府が右(a)の規定にしたがつて合意した施設および区域とみなす旨を定めているが、新特別措置法は、その第一条に示すとおり、駐留協定を実施するため、駐留軍の用に供する土地等の使用または収用に関し規定することを目的とするものである。

(三)  それゆえ、新、旧特別措置法第三条にいう「適正且つ合理的」であるかどうかは前記旧安保条約第一条、新安保条約第六条に定める目的の遂行に必要な施設または区域といえるかどうかを基準として決しなければならない。

(四)  そこで以下、これを検討する。

1 (本件各収用認定等の経緯について)

<証拠>を綜合するとつぎの事実を認めることができる。

すなわち、米駐留軍は、昭和二九年三月一五日日本政府に対し重搭載用輸送機およびジェット飛行機の発着のため、いわゆる立川基地内の飛行場拡張に必要な土地として右飛行場に隣接する別紙第三、一、二、記載の各土地を含むその附近の土地約一七五、二〇六・六一平方メートル(約五万三千坪)の提供方を要求したが、昭和三〇年九月一六日の日米合同委員会において、日米両国政府代表者間にこれについての合意が成立し、ついで同年九月二〇日右両政府間において、日本国政府が米国政府に対し駐留軍施設である立川飛行場用地として右の土地を提供することについての協定が署名された。そこで東京調達局長は被告内閣総理大臣に対し、昭和三〇年一〇月八日付で右要求された土地の一部(別紙第三、一の土地を含む。)に対し、旧特別措置法第四条の規定に基づき収用認定の申請をしたところ、同被告は、右申請は同法第三条の定める適正かつ合理的であるとの要件を満たしているものと判断し、同月一四日付で、右申請のとおり収用認定をし、同月一七日その旨の告示をした。またその後昭和三一年八月二日付で東京調達局長から前記米国政府要求にかかる土地の一部(別紙第三、二の土地を含む。)について同法第四条の規定に基づく収用認定の申請がなされたので、被告内閣総理大臣は、同年九月一〇日付で、右申請は同条の要件を満たしているものと判断し、右申請どおり収用認定をし、同月一二日その旨の告示をした。さらに、別紙第三、三記載の土地については、終戦の直後旧連合国軍(米軍)によつて接収された立川飛行場を拡張するため、昭和二一年九月二一日、同軍により事実上接収された同飛行場東北部の地域(主として民有地)の一部であつて、昭和三一年六月一九日当時、同飛行場の滑走路、着陸帯、倉庫敷地、野積場、モータープールおよび飛行場周辺道路等として駐留軍が使用していたものであり、国が右連合国軍の民有地接収と私有財産権との調整をはかるため、右被接収地の所有者と個別に賃貸借契約を締結し、賃借料を支払つて連合国軍の使用に供してきたのを、従前同様所有者と賃貸借契約を締結したうえ、旧安保条約および行政協定に基づき駐留軍の使用に供してきたものである。ところが昭和三二年(行)第一二号事件の原告らは、昭和三一年三月ころになつて、それまで財政法、会計法上の制約から一年の契約期間をもつて事実上更新をくりかえされてきた右賃貸借契約の更新を拒絶し、右原告らの所有する土地について返還を求めてきたので、東京調達局長は、右の土地は現に駐留軍が旧安保条約第一条にかかげる目的を遂行するため、必要にして欠くべからざる「立川飛行場」の用地として使用しており、今後もなお使用を必要とするので、日本国において行政協定に基づき引き続きこれを駐留軍の用に供する義務があると考え、使用権限の安定をはかるため、昭和三一年六月一九日付で、右の土地について、旧特別措置法第四条の規定に基づき、使用の認定を申請したところ、被告内閣総理大臣は、右申請についても、同法第三条の要件を具備すると判断し、同年八月一四付で使用の認定をし、同月一六日その旨の告示をした。以上のことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

2 (立川飛行場拡張の必要性について)

<証拠>ならびに弁論の全趣旨を綜合するとつぎの事実を認めることができる。

すなわち、立川飛行場を含むいわゆる立川基地は、東京都下の西部、国鉄中央線立川駅の北西方に位し、国鉄中央線まで約五〇〇メートル、青梅線までは約一九〇メートルで接し、密集人家群までは約二〇〇メートルを余すにすぎない位置にあつて、東京都下昭島市および同立川市(旧砂川町を含む。)の各一部にまたがり、北は五日市街道に近く、東南は立川市街地に連なる面積約五、九八三、四七一・〇六平方メートル(約一八一万坪)の土地上に右飛行場とこれに付設された極東空軍航空資材廠を中核とし、それぞれの附属施設をあわせて成り立つ駐留軍の使用地域であり、右立川基地内にある建物の数は約八〇〇棟にのぼる。主たる建物および施設としては、飛行機の格納庫、修理工場、整備工場、鍛造鍍金工場、電波器修理工場、各種資材倉庫、航空用地下燃料タンク五槽(容量六万バーレル)、建設部および基地司令部、太平洋兵站司令部、航空輸送司令部等の事務所のほか、兵員、軍属あるいは家族等の宿舎、住宅、学校ならびに消防署、汽罐場、ポンプ室、変電所、発電所、レクリェーション施設、空軍病院等があり、さらに航空機発着所、専用鉄道側線等も付されている。そして立川飛行場は、基地内におかれている太平洋地域空軍資材司令部が所管する全在日米空軍部隊のための資材兵站等の補給のための航空輸送に利用されているほか、作戦のための貨物、兵員の輸送等にも利用され、その月間輸送量は、平常でもぼう大な量に達する。また前記航空資材廠は他の飛行場において通常行なわれる程度をはるかに越えた徹底的かつ大規模な機体の修理整備等を行なう。そして同飛行場の中核施設である滑走路は、米軍の前記要求当時は、南側の境界柵近くから北へ五〇〇フイートの補助滑走路(オーバー・ラン)、ついで五、〇〇〇フイートの主滑走路(ラン・ウエイ)という規模を有していたのであつて、通常の場合の滑走路の構成である主滑走路とその両端にある補助滑走路、さらにその外側に接する障害物制限区域という様式に対比すると、著しく不完全なもので、障害物制限区域を設ける土地の余裕すらなかつた。その後右の五〇〇フイートの補助滑走路が主滑走路に改造された結果、昭和三五年九月ころには、北に八〇〇フイートの補助滑走路ついで五、五〇〇フイートの主滑走路、その南に四五〇フイートの補助滑走路という構成を有する状態となつた。しかし、右主滑走路の長さは、滑走路の両端に障害物がないことを条件として重装備の場合には、九、〇〇〇フイート以上、そうでない場合でも七、〇〇〇フイートの主滑走路を必要とする旨の米軍航空規格に比して短いばかりでなく、幅一、五〇〇フイート、長さ一、〇〇〇フイートの障害物制限区域を要するのにかかわらず、昭和三六年度現在で滑走路の南方に幅約四六〇フイート長さ約四〇〇フイートの障害物制限地区を存するにすぎず、滑走路の北方には障害物制限区域が設けられていない。そのため飛行機特に大型輸送機が離着陸するに際して基地外縁の柵に衝突しないよう、滑走路北側の柵の高さを特に低くし、通常の柵の高さは約二・一二メートル余(七尺余)であるのを特に滑走路の延長面上においては約〇・九〇メートル(三尺)に低めてこれを設置することを余儀なくされ、補助滑走路の先端は、基地境界柵に沿つた飛行場周辺道路に達しており、滑走路延長面上の基地周辺道路は滑走路に近いため、離着陸の際等は信号機による通行制限が行なわれている。立川飛行場における右滑走路の長さは、日本国内の他の飛行場のそれと比較しても相当短いものであり、その結果特に重搭載用大型輸送機のような一般的にいつて長い滑走距離を要する飛行機の発着に種々支障を生じているほか、航空事故発生の危険性も高く、近時における航空機のめざましい発達や、軍用航空輸送の利用度の飛躍的な増進とその果たす戦術的な重要性にかんがみれば、立川飛行場について、少なくとも、その主滑走路を七、〇〇〇フイートに延長し、その両端にそれぞれ四〇〇ないし四五〇フイート程度の補助滑走路を設備するとともに附帯の施設を整える必要性がある。<反証―排斥>

3 そこでさらに立川飛行場の滑走路について右認定の必要性を満たすためには、本件各収用および使用認定の対象となつた土地を収用もしくは使用する以外に方法がないかどうかの点を検討する。

(1) 立川飛行場そのものを他の場所に移転することができないかどうか。

まず、立川飛行場そのものを他の場所に移転することができないかどうかの点については、<証拠>を綜合すると、つぎの事実を認めることができる。

すなわち、立川飛行場には、前段認定のとおり、資材廠が併置されており、同飛行場は資材廠と一体となつて、これらに附置された諸施設とともに有機的に機能しているものである。したがつて立川飛行場を移転させることは、とりもなおさず資材廠等の諸施設を含めた基地そのものを移転させることとならざるをえないのであるが、立川飛行場および資材廠あるいはこれに附属する各種施設のための敷地を日本国内に探し求め、これを取得し、その上に右のような大規模な施設を移転させ、もしくは新設し、あわせてこれらの施設に勤務する労務者を整理解雇しあるいは移住させ、ないしは新たに雇用するためには、莫大な手数と経費を必要とするほか、移転完了までの間右飛行場等基地全体はその機能を停止するに至るのであつて、現実の問題としては不可能に近い状態にある。以上のことを認めることができ、右認定を左右すべき証拠はない。

(2) 立川基地内で滑走路の方向を変更することができないかどうか。

つぎに立川飛行場を移転することができないとすれば、立川基地内で滑走路の方向を変更することができないかどうかの点を検討する。

<証拠>を綜合すると、つぎの事実が認められる。

すなわち、滑走路の設置に当たつては、近接する飛行場の滑走路の方向を考慮に入れ、それらの滑走路を同時に発着する飛行機間で空中接触等の危険がないよう計画されねばならないが、立川飛行場の北方にはジョンソン基地および横田基地が存在し、立川飛行場の滑走路の方向を変更するときは、その滑走路の延長面は、これらの基地に設置されている滑走路の延長面とさほど遠くない位置において交さし、これら基地および立川基地の各飛行場を離着陸する飛行機相互間に接触ないしは衝突事故を惹起する可能性が高くなることが認められるから、立川飛行場の滑走路の方向を変更することも現実的には困難である。以上のことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

(3) 立川飛行場滑走路の延長方向について。

そこでさらに滑走路の延長方向について考える。

<証拠>を綜合すると、つぎの事実が認められる。

すなわち、立川飛行場の滑走路は、南北に走つており、したがつてこれをこのまま延長するとすれば、南の国鉄線路の方向に延長するか、北の砂川町の方向に延長するかのいずれしかないのであるが、南方至近の位置には交通量の多い国鉄中央線や同青梅線、同貨物線が走つているほか、旧砂川町の区域に比して人口密度の高い立川市の市街地、かなり密集した住宅群、中層建築物等が南側に直接して存在するのに対し、北方には、東西に走行する五日市街道およびこれに沿つた家並が続いているほかはわずかの人家しかなく、また高層建築物も存在せず、おおむね農地であつて、その現住人口もまた南側に比して相当少なく、したがつて、両者を比較すれば、北方に延長することの方が明らかに適正かつ合理的である。(北方への延長と五日市街道との関係については後述する。)以上のことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

4  してみれば結局立川飛行場の滑走路はその延長の必要があり、しかもその延長の方向は右滑走路面を北方へ延長した平面上であり、右延長のためには、本件各収用の認定および使用の認定の対象となつた土地を必要とするものと認めるのが相当であるから、その限りにおいて本件各収用認定等は適正かつ合理的であるといわねばならない。

5 もつとも、<証拠>と弁論の全趣旨を綜合すると、つぎの事実を認めることができる。

すなわち、旧砂川町(昭和三八年立川市に合併)は東西約八、二九〇メートル(二里四丁)、南北はもつとも広い所で約三、二九〇メートル(三〇丁)余りという細長く狭い町であつて、街の中心部を東西に交通のかなり頻繁な五日市街道が走つており、元来は米、甘藷、馬鈴薯、陸稲、蔬菜の栽培、桑苗の植栽等農耕を中心とする街であつたが、いわゆる太平洋戦争の戦前、戦後を通じてかなり広い農耕地を旧日本陸軍あるいは米軍の軍用飛行場等のために接収使用されることを余儀なくされ、しかも右戦争の影響によつて各種の人的物的損害をこうむつたほか、戦後においても立川飛行場を発着する米軍飛行機による事故の危険性、爆音、爆風、その他飛行機の発着や整備が惹起する住民の日常生活、農耕、畜産等の事業の経営、学校教育、官公庁の事務処理への精神的、物質的悪影響等多くの迷惑をこうむり、あるいは若干の飛行機墜落事故、その他無数の小規模の飛行機事故のために農作物、農地、住宅に被害をこうむり、とりわけ昭和二三年前後ころには、横田基地からあふれた排水が人家、田畑に流入し、同基地の浄化施設の不備によつて井戸水が汚濁する等の害を受け、また飛行場の除草のために散布された農薬によつて農作物に被害があつたが、さらに昭和二七、八年ころには駐留軍の駐留にともなつて売春婦、暴力団、愚連隊等が増加する等風紀面でもいまわしい問題の発生が著しかつた等、種々の害悪や悪影響をこうむつてきている。以上のことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。そして、右滑走路の延長にともなう飛行場の拡張は、滑走路の延長目的が前記のとおりである以上、重搭載用飛行機ないしはジェット機の発着あるいは発着頻度の増加、ないしはこれらの整備回数等の増加を招来し、ひいては前記のような被害や迷惑のうちのある種のもの、例えば、爆音等を増大するおそれがあることを容易に推知することができる。また前顕各証拠を綜合すると、本件各収用認定等に基づいてその対象となつた土地が収用されるときは、五日市街道と右収用によつて延長された立川飛行場の滑走路等とが直角に交さする状態となることが認められるので、通学、通勤、物資の輸送、公共施設への往来等のための五日市街道の利用に相当な不便や支障を生ずることが予想されるのであつて、以上のような立川飛行場あるいは立川基地周辺の住民がこれまでにこうむり、また将来こうむることになるであろうと予想されるいろいろな被害や迷惑は十分同情に価するものといわなければならない。しかしながら、現在立川飛行場あるいは立川基地周辺の住民がこうむつている右のような被害等は、このような飛行場あるいは基地の存在によつてある程度必然的に生じうるものであつてやむをえないことがらであるというほかはなく、右のような被害等のゆえに前認定のような事情のもとに生じた立川飛行場滑走路の延長すなわち立川飛行場拡張の必要性を否定することはできない。そうであるとすれば、結局のところ、同飛行場拡張の必要性が、肯認される以上、その拡張によつて生ずるであろう将来の被害等については、立法上あるいは行政上の措置と配慮によつて、できる限り、これを予防し、除去し、または減少させ、あるいは正当な補償の方法がこうぜられるよう期待するほかないのであるが、<証拠>と弁論の全趣旨を綜合すると、国、地元公共団体あるいは駐留軍当局においては従前から学校の防音工事を施行したり、風紀問題についても対策をたてる等して右の諸点に対する措置をかなりの程度実施してきており、将来もまた事宜に応じてこれを実施する意向であることが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。したがつて、右のような被害等のゆえに本件各収用認定等が適正かつ合理的でないということはできない。<以下省略>

第三結論

以上の次第であるから、昭和三〇年(行)第一〇五号事件原告らの被告東京防衛施設局長に対する訴えおよび昭和三一年(行)第九九号事件原告師田常吉の被告内閣総理大臣に対する訴えをいずれも不適法として却下することとし、昭和三〇年(行)第一〇三号事件原告ら、昭和三一年(行)第九九号事件原告ら(同事件原告師田常吉を除く。)、昭和三二年(行)第一二号事件原告らの被告内閣総理大臣に対する請求は、いずれも理由がないから失当としてこれを棄却することし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を各適用して主文のとおり判決する。(位野木益雄 仙田富士夫 高林克已)

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